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領事のご挨拶

駐日ウズベキスタン共和国大使館領事からのメッセージ

ウズベキスタンと日本の関係はシルクロ-ドが栄えた時代から深いものでした。シルクロ-ドは古都奈良からウズベキスタンの町タシケント、サマルカンド、ブハラ、ヒヴァを通っていました。人々はシルクロ-ドを行き交い、商業や文化の交流が盛んに行われました。
ウズベキスタンと日本には年上の人を敬ったり客をもてなす気持ちなど、文化や伝統において多くの共通点があります。

日本人はウズベキスタンに非常に興味を持っていて、多くの観光客がウズベキスタンを訪れています。ビザの取得には招待状は必要なく、取得方法も難しくありません。
また、成田から関空経由でウズベキスタンの首都タシケントまで週2便ウズベキスタン国営航空の直行便が飛んでいます。

ぜひ、一度ウズベキスタンへいらして下さい。お待ち致しております。



駐日ウズベキスタン共和国大使館 一等書記官
ガイポフ オタベク


     

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駐日ウズベキスタン共和国大使館よりプレスリリース

タシケント建都2200周年祝賀:過去と現在の調和

2009.08.31

 2009年9月1日、ウズベク国民は、ウズベキスタン共和国首都タシケントの2200周年記念を祝賀する。タシケント祝賀の開催は、2007年11月2日の第34回ユネスコ総会での決定と、“タシケントの2200周年祝賀を準備”というウズベキスタン大統領イスラム・カリモフの特別政令によって宣言された。

 タシケントについての最初の記述は、アヴェスター教典と古代中国の文書に見られる。戦争、包囲、侵略などの困難を物ともせず生き延びたことから、幸運な土地を選択したとされている。古代の歴史書においてタシケントは、ユニ、チャーチュ、シャーシュの名で知られていた。

 タシケントは320平方キロメートルの土地に約300万の人口を擁し、中央アジア最大の都市の一つと見なされている。中世建築家が持つ技術の美と調和がもたらした華麗なる建造物への驚きが、古代の記録に示されているというユニークな歴史も持つ。タシケントは民族国家の歴史ならびに世界文明の発達に甚大なる貢献をした国の社会政治において大きな役割を果たした。それらの国のひとつが古代ウズベキスタンであった。この地域では、考古学ならびに建築学上の1万もの遺跡・建造物が保護され、博物館にはウズベク人の古い歴史の証人たる膨大な文書と、物質文化の遺物が所蔵されている。

 ウズベキスタンが民族独立を果たした1991年9月、タシケントの新たな歴史が始まった。今日、タシケントは経済、教育、文化、産業の中心地となっている。歴史的イメージとは別に、ガラスと金属で作られた近代的高層建築、多層式の橋、公園、博物館、噴水などが街に彩りを与えている。

 現代の人々はウズベクの首都を“東の星”“東洋の玄関口”“世界の大使”と呼ぶが、そうした呼び名は、20世紀以上に渡り人々の生活と、旅人の道中を象徴的に照らしてきたタシケントの本質に調和し、合致するものである。

 さらに、国際的に大きな意義のある事実として、2007年タシケントは、イスラム教育科学文化機関(ISESCO)によって、イスラム文化の首都と宣言された。

 祝典の主要イベントである記念会議と記念コンサートは、9月1日にウズベキスタン国際会議宮殿で行なわれ、続く9月2日には、一般向けの多くのイベントが街の広場で開催される。

 ウズベキスタン首都2200周年記念日は、ユネスコの協力を得て祝われることになる。